『会いたい』を情感豊かに歌い上げることでも知られる澤田知可子さん。
2022年に「沢田知可子」から「澤田知可子」さんに改名しました。
この記事ではそんな澤田さんのご主人・小野澤篤さんについて、澤田さんの歌手人生の話題をまじえてお伝えします。
最後までおつきあいいただけるとうれしいです。
澤田 (沢田) 知可子の旦那は音楽プロデューサーの小野澤篤!
1987年のデビュー以来、歌手活動をつづけている澤田知可子 (さわだ ちかこ) さん。
そんな澤田さんの夫は、音楽プロデューサーの小野澤篤 (おのざわ あつし) さんです。
小野澤さんは1959年生まれで、澤田さんより4歳年上。
東京都出身で、キーボード奏者、編曲家、作曲家、プロデューサーと幅広いジャンルで活躍中です。
澤田さんと小野澤さんは、それぞれが作詞・作曲をした『with love』(2001年)、
『ありがとう』(2007年) などの楽曲もあります。
夫婦で同じジャンルの仕事をするのは、スペシャリスト同士の意見のぶつかり合い?もあって難しいこともありそうな気がしますね。
でも澤田さんと小野澤さんの場合は、1995年11月の結婚以来30年以上も夫婦・そして仕事のパートナーとして今まで歩んできています。
澤田さんご夫婦の感性や音楽の方向性が似ていて、お互いの存在が刺激となっているのでしょう。
音楽のオールラウンダーの小野澤さん。
どんなお人柄か気になるところですが、澤田さんによると
私らは 母1人子1人の明るい母子家庭のような関係でもあります。
息子のような私と母のような包容力のある夫。
この関係が仲良しの秘訣だったりするわけです。
引用元:https://chikaco.com
と「包容力のある」お母さんのような方だとか。
小野澤さんは「息子」の澤田さんの全部を受けとめてくれる懐の深~い方といえそうです。
ところで、澤田さんと小野澤さんはどのように出会ったのでしょうか?
つづけてお伝えします。
澤田 (沢田) 知可子と旦那との馴れ初めは?
小野澤篤さんは1990年の澤田知可子さんの宮古島コンサートでキーボートを演奏していました。
当時のことを澤田さんは次のように話しています。
宮古島のコンサートの時に小野澤さんがキーボードで参加したんですが、彼のキーボードで歌った時にすごくいい歌が歌えて、「私はこの人とずっとコンサートをやっていくんだろうな」と直感しました。
引用元:https://reminder.top
澤田さんの直感! 当たっていましたね~
そして小野澤さんの演奏に一目ぼれした澤田さんは、自身の『BOY』(1991年6月発売) のアレンジを小野澤さんに依頼しました。
澤田さんによるとこれが「運命の瞬間」だったとか!
澤田さんの『会いたい』が発売されたのが1990年で、小野澤さんとの出会いも同じ年。
1990年は澤田さんにとってのビッグイヤーに!
1991年11月にNHKホールで澤田さんのライブが開催されたときにはすでにつき合っていたというおふたり。
実は澤田さんには『会いたい』のあとしばらくヒット曲に恵まれなかったという辛い時期もありました。
そんな時、小野澤さんは澤田さんにとってどれほど心強い存在だったでしょうか!
1995年の結婚後も一緒に音楽活動を続けてきた同士として、夫婦としての絆もより強くなってきたのはたしかですね。
つづいて、そんな澤田さんのご夫婦仲をエピソードとともにお伝えします。
澤田 (沢田) 知可子と旦那の夫婦仲は?
現在も一緒に音楽活動を続けている澤田知可子さんと夫の小野澤篤さん。
2019年からは小野澤さんが澤田さんのマネージャーもつとめていて、さらに絆が深まったといいます。
そんなおふたりは2021年11月に小田原に引っ越しをしました。
小田原で美味しい食材を使った食事をとっていたら、体調がよくなってきたという澤田さんご夫婦。
ちょうどコロナ禍のさ中だったこともありますが、澤田さんと小野澤さんにとっては引っ越しが心身ともにリフレッシュするきっかけになったようです。
澤田さんご夫婦はときには小さいケンカもするものの、おいしいご飯ですぐに仲直りするとのこと。
やはり「食」は大切ですね! それに環境も。
デビュー35周年となった2022年に、澤田さんは夫の小野澤さんの名字から「澤」の字をとって澤田に改名しています。
私は良い意味で、主人に依存しているんです
引用元:https://www.nikkan-gendai.com
と澤田さんが語っていますが、「澤」の字のパワーで、ますますご夫婦の結びつきも強くなっているようです。
近年の音楽作品は小野澤さんがアレンジから演奏まですべてなさっているそうで、澤田さんご夫婦の仲もバッチリ!
人生をともに歩んできた夫婦だからこその深い味わいが音楽にも反映されるのでしょうね。
これからも、ご夫婦一緒に素敵な時間を紡いでいただきたいものです。
つづいて、澤田さんのwikiプロフィールや音楽活動についてお伝えします。
澤田 (沢田) 知可子のwikiプロフィールや音楽活動は?
澤田知可子さんのwikiはこちらです。
生年月日 1963年8月4日
出身地 埼玉県
身長 167 cm
血液型 O型
澤田さんは意外な経歴の持ち主で、埼玉県の交通安全協会で3年働いていたことがあります。
そのころ同僚と行ったカラオケパブでの出会いから、埼玉会館のホールで歌を披露する機会を得た澤田さん。
澤田さんはのちにジャズバンドのボーカルとして活動することになります。
そして、渋谷のライブハウスのマスターにデモテープを渡したことがきっかけで
澤田さんは1987年に歌手デビューしました。
思わぬところから、澤田さんの音楽活動が道が開けました。
澤田さんの代表曲の1つ『会いたい』は包み込むような優しい声で、亡くなった恋人を想う気持ちが歌われている楽曲。
聴くと情景が浮かんできてなぜか涙ぐんでしまうのは、澤田さんの歌声に不思議なチカラが込められているからですね。
澤田さんは中越地震 (2004年) のあとに参加した復興野外ライブを機に、音楽療法を取り入れたライブをするようになりました。
今後も各地で予定されているコンサートで、澤田さんの癒しに満ちた歌声が会場を包むことでしょう。
澤田さんはいろんなアーティストとのコラボもされていますが、著者としては
2010年から続いている『AROUND40 MEMORY CONCERT』に参加する澤田さんにも注目しています。
同じ時代を駆け抜けたアーティストとのジョイントコンサートで、澤田さんの魅力もさらに光りそうですね!
『AROUND40 MEMORY CONCERT』に澤田さんとともに参加している中西保志さんについては、
こちらの記事をどうぞ。

2026年6月にはアルバム『ときぐすり』も発売された澤田さん。
澤田さんが夫の小野澤さんとともに、これからもますますご活躍されるのを楽しみにしましょう。
最後までおつきあいくださって、ありがとうございました。
