『水色の雨』や『パープルタウン』のヒット曲で知られる八神純子さん。
八神さんの伸びやかで艶のある歌声は「クリスタルボイス」とも呼ばれ、今なお多くの人々を魅了しています。
そんな八神さんはイギリス人の夫とともにアメリカに住み、現在も音楽活動をつづけています。
今回は八神さんの夫についてや、おふたりの馴れ初め、子供さんの話題を深堀りしてお伝えします。
最後までおつきあいいただけるとうれしいです。
八神純子の夫はイギリス人で弁護士!元音楽プロデューサーだった!
八神純子さんの夫はイギリス人のジョン・スタンレーさん。
スタンレーさんは八神さんより2歳年上で、おふたりは1986年にハワイで結婚式を挙げました。
スタンレーさんはかつて音楽プロデューサーをしていましたが、40歳のときにロースクールに入学し、
現在はアメリカで弁護士として活動されています。
音楽プロデューサーから弁護士へ、という全く異なる職業への転身!
スタンレーさんの転身の理由については公表されていないようですが、
弁護士になってからは法律のスペシャリストとして妻・八神さんを支えていらしたのでしょうね。
八神さんによるとスタンレーさんは
ジョン(夫)は私がもっていないものをもってる、すごい人だなと思いました
引用元:https://keitahaginiwa.com
とのことで、とても尊敬できる方のよう。
八神さんはご自身のことを「負けず嫌い」とインタビューで語っていますが、
その八神さんが「すごい人」と言うスタンレーさん。
八神さんが結婚を決めて、今までともに人生を歩んでこられたのも納得です。
ところで、八神さんと夫のスタンレーさんはどのようにして出会ったのでしょうか。
つづけてお伝えします。
八神純子の夫との馴れ初めは?
八神純子さんと夫ジョン・スタンレーさんは、音楽の活動を通して知り合いました。
billboard JAPAN (https://www.billboard-japan.com) で紹介されていることによると、八神さんは1985年にレコード会社を移籍。
そして同じ年に八神さんが『COMMUNICATION』を発表した際に、
音楽プロデューサーだったスタンレーさんと出会い、アルバム『純』を一緒にロンドンでレコーディングしました。
同じ音楽業界で仕事をしていたこともあり、八神さんとスタンレーさんはそれ以前にもお互いを知っていたのかもしれません。
しかし、このロンドンで一緒にアルバム制作をしたことが、おふたりの距離をぐっと縮めたといえそうです。
ともに何かを作り上げるというのは一体感が生まれやすいものですからね。
八神さんとスタンレーさんは、アルバム制作を通してお互いの音楽に対する考え方や姿勢、
さらには人生観など共感できる部分が多いことがわかったのではないでしょうか。
そして言葉によるコミュニケーションはもちろん、音楽を通して心を通わせることで出会ってから着実に絆を深めてこられたのでしょう。
とっても素敵なご夫婦!あこがれてしまいますね。
つづいて、そんな八神さんご夫婦に誕生した子供さんについてお伝えします。
八神純子の夫との子供は2人!
八神純子さんは、夫ジョン・スタンレーさんとの間に2人の子供さんがいます。
八神さんの2人の子供は、1989年生まれの長女・エマさんと、1993年生まれの長男・ノアさん。
ノアさんは音楽関係の仕事をしていて、娘のエマさんは八神さんと同じく歌手として活動中です。
やはり音楽のDNAは子供さんたちにも受け継がれているのですね。
エマさんは2013年24歳のときに、八神さんとアルバム『Here I am』の中の1曲
『My universe』で初のデュエットをしています。
『My universe』では八神さんとエマさんが英語の作詞も手がけたといいますので、
楽曲をつくる段階から母娘ふたりの楽しいディスカッションが繰り広げられたのでしょう。
エマさんは八神さんと声がそっくりという話もあり
どこを私が歌っていて、どこが彼女か。聴いていただけたら面白いと思います
引用元:https://www.sponichi.co.jp
と八神さんが語るように、おふたりの声を聴きくらべてみるのもなかなか楽しそうです。
実は八神さんはアメリカで2001年の9.11以降は「家族を守る」ことを優先し、
10年ほど子育てに専念していました。
そんな八神さんが再び本格的に歌手として活動をはじめたのは、2011年の東日本大震災がきっかけ。
娘のエマさんの後押しがあったこともあり、八神さんは被災地でのライブなどで歌声を届けました。
八神さんの子供さんたちは、すでに30代。
母と子でありながら、ビジネスパートナーとしてもタッグを組んで活動されることもありそう。
これから先、八神さんと子供さんたちとのコラボも期待したいですね。
八神純子は現在も家族との絆を大切に活動中!
八神純子さんは、夫のジョン・スタンレーさんとの結婚後はロサンゼルスに住んでいます。
日本でコンサートなどがあるとき、八神さんは実家がある名古屋を起点として全国に!
八神さんの小柄な身体のどこに、日本とアメリカを往復してライブやコンサートをこなすエネルギーがあるのかと驚いてしまいます。
そのあたりの体のケアについて八神さんは
ずっともう40年近くジョギングをしています。食生活にもかなり気をつけていますね
引用元:https://www.yomifami.com
と話していますので、やはりプロとしての心がけがちがうのでしょうね。
2024年4月の毎日新聞 (地方版) には、 八神さんの息子のノアさんがガールフレンドとともに日本に来た、という話題がありました。
ノアさんの前には娘のエマさんも日本に来ていたといい、八神さんが日本に滞在されていても子供さんたちとの温かい交流があるようです。
八神さんのご主人のジョン・スタンレーさんは弁護士の仕事がお忙しいかもしれませんが、こっそり日本に来られていることもありそうですね。
アメリカと日本との距離や国境といったものを超えて、八神さんはご家族とのゆるぎない絆をチカラに、
今後もしなやかに活動をつづけていかれそうです。
つづいて、八神さんのwikiプロフィールをご紹介します。
八神純子のwikiプロフィールは?
八神純子さんは1958年1月に愛知県で生まれました。
3歳からピアノを習っていたという八神さん。
八神さんがピアノを弾きながら歌う姿はカッコよくて印象的ですが、
小さい頃から積み重ねてきた熟練のワザのあらわれだったのですね!
そんな八神さんが注目されたのは高校 (愛知淑徳高等学校) 時代に出場した
1974年の「第8回ヤマハポピュラーソングコンテスト」でのことでした。
八神さんは『雨の日のひとりごと』(優秀曲賞) と『幸せの時』の2曲で同時に入賞するという快挙を!
その翌年にも八神さんは「第9回ヤマハポピュラーソングコンテスト」で『幸せの国へ』で優秀曲賞に入賞。
八神さんは高校卒業後に音楽の道に進み、1978年20歳のときに本格的にデビューしました。
ご存じの方も多いように『水色の雨』(1978年) の大ヒットで一気に知名度が上がった八神さん。
その後『ポーラー・スター』(1979年)、『パープル・タウン』(1980年) などのヒット曲が続きますが
八神さんはレコード会社を移籍し、さらに結婚を機に1986年からはアメリカで暮らすことに。
結婚して旦那さんと一緒だったとはいえ、日本を離れて異国に暮らすのは勇気が要ったのでは?なんて気もします。
でも八神さんは次のように。
どれくらいで帰ってこようとか、なにも考えずに行ったんです。若いってすごいですよね(笑)。怖さや不安なんて1ミリもなかったですね
引用元:https://futabasha-change.com
国際結婚だけでも大変だったでしょうに、当時から八神さんはかなり度胸があったのですね。
八神さんは2022年に、アメリカの「女性ソングライターの殿堂」に日本の女性シンガーではじめて選ばれました。
現在も「八神純子 Live キミの街へ」と題して日本でもツアーを開催している八神さんは
年齢に縛られることなく、生涯現役で歌いたいです
引用元: https://frag-lab.com
と語っているので、まだまだステキな歌声を聴かせていただけそうでファンとしてはうれしい限りです!
これからの八神さんのご活躍も楽しみですね。
最後までおつきあいくださって、ありがとうございました。
