『幾億光年』で一躍有名になり、「踊れて泣ける」バンドとしても知られるOmoinotake (オモイノタケ)。
島根県松江市出身の中学の同級生3人 (藤井怜央さん、福島智朗さん、冨田洋之進さん) によって
2012年にOmoinotakeは結成されました。
今回はそんなOmoinotakeのメンバーの年齢やプロフィール、バンドの歩みや、
同郷の島根で結成されたバンド「Official髭男disms」との関係についてお伝えします。
最後までおつきあいいただけるとうれしいです。
Omoinotakeのメンバーの年齢は?
Omoinotakeのメンバーは藤井怜央さん、福島智朗さん、冨田洋之進さん。
3人は中学校の同級生で1992年生まれですので、年齢は2026年時点で34歳です。
Omoinotakeの音楽には同郷の同級生の3人ならではの魅力がたくさん詰まっている、そんな気がしますね。
きっと共通のバックグラウンドがあるだけに、3人の中に言葉にしなくても通じる思いもありそうです。
つづいて、そんな3人のバンド結成までをお伝えします。
Omoinotake メンバー:藤井怜央 (ふじい れお/レオ)
Omoinotakeのボーカルとキーボード・藤井怜央 (レオ) さんは1992年11月25日生まれ。
楽曲のほとんどを作曲しています。
レオさんは6歳ぐらいのときにピアノを習いはじめ、同時にバレエもやっていたという (!)
かなりクラシック色の濃い小学生時代を過ごしました。
そんなレオさんは中学生のときにドラムを始めます。
叔父さんの趣味がドラムだったことも、レオさんがドラムに興味をもつきっかけになったようです。
そしてドラムの先生のところで、レオさんは冨田洋之進さんと知り合います。
また、レオさんは福島智朗さんとバンドを組んで、他のアーチストの楽曲をコピーするなど活動。
(当時のレオさんはドラム、福島さんはベースとボーカルを担当)
中学生時代は、今のOmoinotakeにつながる出会いがありました。
そして島根県内の進学校・県立松江北高等学校で学んだレオさんは大学受験をし、
高校を卒業してから東京で浪人生活を送ることになります。
Omoinotake メンバー: 福島智朗 (ふくしま ともあき/エモアキ)
Omoinotakeのベース・福島智朗 (エモアキ) さんは1992年5月24日生まれ。
ほとんどの楽曲を作詞しています。
ちなみにOmoinotakeというバンド名を決めたのもエモアキさん。
子供のときからたくさん本を読んでいたことで、言葉をつむぐセンスも培われていたようです。
エモアキさんは従兄がテニスプレーヤーの錦織圭さん、お父さんのはとこが渡哲也さんと渡瀬恒彦さん!
というビックリの家系に生まれています。
もともとエモアキさんにはスター系のDNAがあったのですね。
そんなエモアキさんは、同じ中学の同級生だったレオさんとバンドをはじめたころから
作詞もふくめオリジナル曲を作っていました。
その後、松江工業高等専門学校に進学したエモアキさんは「P.S.Because Of You」というバンドを組んで活動。
「P.S.Because Of You」でエモアキさんはベースを担当し、ドラムは冨田洋之進さん、
そしてギターは現在の「official髭男dism」の小笹大輔さんという豪華なメンバーでした。
このメンバーは次のような間柄;
・エモアキさんと冨田さんは松江市内のライブハウスで知り合った
・エモアキさんと小笹さんは年齢はちがうものの、同じ松江工業高等専門学校に通っていた
・冨田さんと小笹さんは小学生時代からの野球仲間だった
意外なつながりがあったことがわかります。
エモアキさんが進学した工業高等専門学校は通常5年制ですが、
3年で退学したエモアキさんは、東京の服飾関係の専門学校で学ぶことになりました。
Omoinotake メンバー:冨田洋之進 (とみた ひろのしん/ドラゲ)
Omoinotakeのドラムス・冨田洋之進 (ドラゲ) さんは1992年4月8日生まれ。
ドラゲさんは中学時代、通っていたドラム教室の先生の影響でジャズを聴いていました。
また家では、ドラゲさんの父親と母親がそれぞれウッドベースとピアノでセッションをするなど
多感な時期にどちらかというとディープな音楽環境で育ってきたようです。
そんなドラゲさんがドラムをはじめたきっかけはORANGE RANGE。
その後いろいろな音楽を聴いた冨田さんはやがて「凛として時雨」を聴くようになり、
ピエール中野さんが自分にとってのドラムヒーローに!
ドラゲさんは高校卒業後にピエール中野さんも学んだ尚美ミュージックカレッジ専門学校に進学し、
ジャズ・ポピュラー学科で学びました。
実は尚美ミュージックカレッジ専門学校の所在地も東京。
Omoinotakeのメンバー3人は、高校を卒業 (福島さんは中退) 後の19歳のころに
再び東京で顔を合わせることになりました。
つづいてそんな3人のOmoinotakeを結成から現在までをお伝えします。
Omoinotakeメンバーのバンド結成の歩みは?
18歳で進学のために東京に出てきたレオさん、エモアキさん、ドラゲさんの3人。
エモアキさんとドラゲさんは高校のときに組んでいたバンドを続けつつ、東京で新メンバーを探していました。
そのとき白羽の矢が立ったのが、浪人中だったレオさん!
レオさんによると、
僕にエモアキからピアノボーカルとして加入のお誘いがあり、受験後に合流することに。最初はお互い「なんか面白そう」という軽い気持ちでした
引用元:https://oggi.jp
と、軽い気持ちではじまったというOmoinotake。結成は2012年でした。
その後のOmoinotakeは初ライブで反響があったものの、思うような結果が出ず
インディーズレーベル時代には、ライブのお客さんが2人という日もあったといいます。
お客さんが2人とは…! くじけそうになりますね…
そんな状況を受けて、集客のため2015年から2017年までの2年間は路上ライブを行い
Omoinotakeはだんだん注目されるようになっていきました。
以後のOmoinotakeは
・2017年:ファーストアルバム『So far』、ファーストミニアルバム『beside』をリリース
・2018年:セカンドミニアルバム『Street Light』をリリース
・2019年7月、バンド初の配信限定シングル『惑星』をリリース
そして2020年2月にリリースされた『モラトリアム』が、映画『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』の主題歌に採用。
2021年にはアニメ『ブルーピリオド』でオープニング曲として使われた『EVERBLUE』で
Omoinotakeはメジャーデビューが決定しました。
バンド結成から9年間、メンバー3人がモチベーションを維持するのも大変だったのではないかとも思えますが
僕たちは誰かが一人でも欠けていたら何もできなかっただろうし、一人で良いものは作れないけど、それぞれ自分の得意なことを持ち寄ることで、Omoinotakeという一つの塊、集合体になれる
引用元:https://www.billboard-japan.com
とエモアキさんも語っているように、3人だったから乗りこえられたのでしょう。
2024年には『幾億光年』大ヒットし、紅白にも出場したOmoinotake。
その後も勢いが衰えず、2026年3月に日本武道館の単独公演も達成したOmoinotake。
これからの活動にもますます期待が高まります。
ところで、Omoinotakeの歩みには、同じ島根県にルーツのあるバンドOfficial髭男dismとのつながりも見過ごせません。
つづけてお伝えします。
Omoinotakeメンバーと髭男 (Official髭男dism) とのつながりは?
島根県にゆかりのあるバンドということでも注目されているOmoinotakeとOfiicial髭男dism (ヒゲダン) 。
両バンドには以前から知り合いだったり、ライブハウスで顔を合わせていたメンバーもいて
ともにメジャーで活躍している今も仲のよい関係が続いているようです。
近年、表立ったところでは
・ヒゲダンの藤原聡さんがOmoinotakeの楽曲『惑星』をFM802の「MUSIC FREAKS」で紹介
・Omoinotakeのラジオ番組『ありったけ交差点』にヒゲダンの小笹大輔さんがゲスト出演 (2024年)
・Omoinotakeのアルバム『Memorabilia』の『ペトリコール』(2026年) にヒゲダンの小笹さんが参加
といった交流などもあって、これからもお互いの間にポジティブな化学反応?が起きそうな予感がします。
ちなみにOmoinotakeとヒゲダンは、ボーカルがキーボードなどの鍵盤楽器の担当というスタイルが同じで、結成がともに2012年。
しかもヒゲダンの藤原聡さんも、Omoinotakeのレオさんもハイトーンボイスという共通点があります。
ただ、2つのバンドには次のような違いも。
・メジャーデビューの時期;ヒゲダン2018年、Omoinotake2021年
・コンセプト:ヒゲダン「聴き手の人生とタイアップする音楽」、Omoinotake「踊れて泣ける音楽」
・Omoinotakeにはギター担当のメンバーがいない
ヒゲダンとOmoinotakeの楽曲を聴き込んでいくと、それぞれの良さが「違い」となってきわだってくるのでしょう。
これからもOmoinotakeの活躍とともに、Ofiicial髭男dismとのつながりにも大いに注目したいですね。
実は著者は島根県の出身なので、同郷ともいえる2つのバンドの活躍は誇らしくうれしい限りです。
最後までおつきあいくださって、ありがとうございました。
ヒゲダンの藤原聡さんについてはこちらをどうぞ。

