「ヒゲダン」ことofficial髭男dismでホーカル&キーボードを担当している藤原聡 (ふじはら さとし) さん。
藤原さんの伸びやかなハイトーン・ボイスから生まれる楽曲には、
一瞬にして聴く人を歌の世界の中に引き込んでしまう不思議な魅力があります。
今回は「official髭男dism」(ヒゲダン) が結成されたいきさつを、藤原さんの大学 (島根大学) 時代の話題をまじえてお伝えします。
最後までおつきあいいただけるとうれしいです。
藤原聡の出身大学は島根大学!
藤原聡の出身大学は島根大学!
official髭男dismの藤原聡さんは、鳥取県立米子東高等学校を卒業後に島根大学・法文学部に進学しました。
ちなみに藤原さんの出身のお隣・鳥取県にも国立の鳥取大学がありますが、米子から鳥取大学までは約87km。
一方、米子から松江市にある島根大学までは34kmとほぼ2.5倍の差があります。
藤原さんにとっては実家の「近く」の島根大学に進学されたことになりますね。
でも本当は東京や関西の大学に進学したかったという藤原さん。
藤原さんは高校時代にはじめてのバンドを組んで「BUMP OF CHICKEN」、「RADWIMPS」などの
コピーバンドとして活動していました。
向こう(東京や関西)で音楽をやったり大学生をやっている同級生のことを羨ましいなと思っていました
引用元:https://news.livedoor.com
と語るように、藤原さんにとって島根大学での日々は、100%満足というものではなかったようです。
それでも強がって周囲には、目指していた国立大学でやりたかった法律と経済を学んでいる、と話していた藤原さん。
藤原さんの音楽の思いは強く、やがてそれはバンド「ぼすとん茶の湯会」へとつながります。
藤原聡は大学時代にバンド「ぼすとん茶の湯会」を結成!
「ぼすとん茶の湯会」は鳥取大学の学生と島根大学の学生が合同で結成したバンドで
藤原聡さんが島根大学1年生のときに結成されました。
藤原さんはドラム担当。
この「ぼすとん茶の湯会」は「第6回 V-air あまばん2011」でグランプリ、
「College Rock Fes. 2011」の全国大会でもグランプリを受賞するなど実力もお墨付き。
「ぼすとん茶の湯会」バンド名もさることながらはステージでのスタイルも作務衣&下駄とユニークで
なんだか遊び心も満載で、楽しいバンドだったのではないかと想像できます。
しかし藤原さんは翌年新しく「official髭男dism」を結成することになりました。
つづけてお伝えします。
藤原聡は大学時代に「officiai髭男dism」を結成!
「ぼすとん茶の湯会」結成のあと、2012年に「official髭男dism」が結成されました。
「ヒゲダン」のメンバーは藤原さんと同じ島根大学の軽音楽部に所属していた楢﨑誠さん、松浦匡希さん、
そして島根大学の隣の松江高専に通っていた小笹大輔さん。
藤原さんが3人に「一緒にバンドをやろう」と声をかけたのは、もともと仲がよくていい友達だったことと、
よりグッドなミュージックを作るとするなら、このメンバーしかいないだろう
引用元:https://guide.line.me
と思ったからといいますが、結成する前からメンバーと藤原さんの間に強い信頼感があったことがわかります。
藤原さんは「official髭男dism」でドラマ―からボーカルに転向。
ところがボーカルをはじめたころの藤原さんは「ヘタクソ」と言われたといいます。
今の藤原さんの情感あふれる圧倒的な歌唱力からは想像できませんね。
ボーカルのレベルアップのために一生懸命練習をされたのでしょうか?
そんな藤原さんですが「ヒゲダン」をはじめてからも、音楽でプロになるつもりはなく
地元のナンバーワンぐらいになろう、ぐらいの意気込みでした。
当時から藤原さんが大事にしていたのは
自分たちがやりたいと思うことをやる
ということ。
そしてその思いは、のちのヒゲダンのメジャーデビューへとつながっていきます。
つづけて、藤原さんが大学を卒業してからの足跡をお伝えします。
藤原聡は大学卒業後に銀行勤めを経てヒゲダン・メジャーデビューへ!
藤原聡さんは「official髭男dism」を結成後、2014年に大学を卒業し銀行員として働きはじめます。
同じ2014年に藤原さんは「ボストン茶の湯会」を脱退し、銀行員とバンドマンの二足の草鞋を履くことに。
藤原さんが勤めていたのは島根銀行で、藤原さんは1年目には預金・窓口業務・営業の仕事を覚え、
その次の年は営業業務をやっていました。
「土日祝日にライブ活動ができること」を銀行に就職した理由として挙げた藤原さん。
しかし、銀行員として働きながらのバンド活動は、週末に夜行バスで12時間かけて島根と東京を行き来するなど相当ハードでした。
藤原さんが若かったとはいえ、音楽への情熱がよほど強くないとできない生活ですね。
そんな中、藤原さんが銀行に就職する前からライブのコーディネイトをしていた事務所の導きで
「official髭男dism」は2015年4月22日にインディーズデビューを果たします。
そして藤原さんは銀行員として2年間つとめたあと退職。
自分の人生にとって、音楽が絶対に大切だから、銀行をやめることには迷いがなかったです
引用元:https://news.yahoo.co.jp
と「絶対に大切」な音楽を続けて、2018年に「ヒゲダン」は『ノーダウト』でメジャーデビューしました。
その後も『Pretender』(2019年)、『Subtitle』(2022年) など数々の楽曲をヒットさせた「ヒゲダン」は
地元のナンバーワンどころか、今や押しも押されぬ国民的人気バンドに!
藤原さんは
この4人じゃなかったら、きっとここまで来られていないと思うし、それはプレイテクニックだけではなくて、本当にみんなの人柄のおかげだと思っています
引用元:https://guide.line.me
と大学時代のメンバーとの出会いに感謝していますが、「ヒゲダン」メンバーとの絆と音楽に対する熱い思いが、
藤原さんの現在の活動の原動力になっているのはまちがいないようです。
つづいて、藤原さんのwikiプロフィールをご紹介します。
藤原聡のwikiプロフィールは?
藤原聡さんのwikiはこちらです。
生年月日 1991年8月19日
出身地 鳥取県米子市
出身大学 島根大学 法文学部
血液型 O型事務所 ラストラム・ミュージックエンタテインメント
藤原さんは幼稚園のころからピアノ教室に通っていて、小学校5年生ぐらいでドラムに出会いました。
ピアノ教室もご両親が入れてくれた、とご本人が語っていますのでご両親が音楽好き、
あるいは音楽にゆかりのあるお仕事をされていたのかもしれませんね。
その後の藤原さんは中学生になってからたくさんのバンドを聴きはじめ、
お伝えしたように高校生のときにバンドを結成しました。
幼稚園のときのピアノとの出会いが、今の「ヒゲダン」の藤原さんにつながっていると考えると
当時のご両親のファインプレーと言わせていただきたいところですね。
「ヒゲダン」の多くの歌の作詞作曲も手がけている藤原さん。
これからも藤原さんの歌声とキーボード演奏にくわえて「ヒゲダン」にしか生みだせない、
そんな楽曲を私たちに届けてくださるのを楽しみにしましょう、
最後までおつきあいくださって、ありがとうございました。
