『待つわ』や『夢をあきらめないで』など、長く愛される楽曲を歌ってきた岡村孝子さん。
岡村さんは、2019年に急性骨髄性白血病を発症し、長い闘病生活を経験しましたが
その闘病を支えたのが、岡村さんの娘さんです。
今回は岡村さんについて、娘さんがモデルという噂や、娘さんの父親、
岡村さんの闘病にまつわる話題をまじえてお伝えします。
最後までおつきあいいただけるとうれしいです。
岡村孝子の娘はモデル?
岡村孝子さんには娘がひとりいることが公表されています。
岡村さんの公式SNSによると娘さんは2018年に成人式を迎えていますので、1997年生まれで現在28歳ぐらい。
その娘さんがさきさんという名前でモデルをしているのでは?と噂になったことがあります。
しかし、岡村さんの娘さんについては芸能活動をされているという事実は確認されていません。
また娘さんの名前が沙樹さんという話もありましたが、これも公表された情報ではありません。
どうやらモデルの岡村咲良 (さら) さんと名字が同じことや名前が似ていたことで、
岡村さんの娘さん=モデル説がささやかれたようです。
いずれにしても岡村咲良さんは2003年生まれで、生まれ年がちがうため別人ですね。
芸能人の子供さんの中には、親の背中を見て同じ芸能界で活動することを目指す方もいますが
岡村さんの娘さんは一般の方という見方が有力です。
もし娘さんが音芸能界で活動されていたら、やはりどこかから情報がリークされそうですし…
娘さんの職業などについては岡村さんから何も公表されない限り、詮索はしない方がいいのかもしれませんね。
個人的には、娘さんが何らかのかたちで岡村さんと同じ音楽の道に進まれていたらいいな、などと思ってしまいますけれど。
ところで、岡村さんの娘さんの父親はだれなのでしょうか? 続けてお伝えします。
岡村孝子の娘の父親は石井浩郎!
岡村孝子さんの娘さんの父親は元野球選手の石井浩郎 (ひろお) さんです。
石井さんは1964年生まれで、岡村さんの2歳年下。
近鉄バファローズ、読売ジャイアンツ、千葉ロッテマリーンズ、横浜ベイスターズで、
石井さんは野球選手として12年間プレーしています。
石井さんは近鉄バファローズに入団直後の1990年ごろ肝炎を患い、
闘病時やその後の支えとなったのが岡村さんの『夢をあきらめないで』でした。
そして「お礼を言いたい」と石井さんが岡村さんのライブに行き、楽屋であいさつをしたことが
おふたりの馴れ初めだと言われています。
プロ野球選手だった石井さんと歌手の岡村さんにそんな接点があったのですね。
おふたりは1996年4月に婚約し、1997年1月に結婚。そして1997年9月に娘さんが誕生しました。
しかし、岡村さんと石井さんは娘さんが5歳だった2003年に離婚します。
おふたりの離婚理由についてはいろいろ言われているものの、大人の都合で家族の形が変わってしまったのは娘さんにとって寂しいことだったのではないでしょうか。
現在の石井さんは政治家として活動していて、3度目の結婚で息子さんが誕生しています。
一方、シングルマザーとして娘さんを育ててきた岡村さん。
シングルマザーだから“2人分”の愛情を、と考えたことはないけれど、娘が帰ってきたときは『会いたかった』とギュッと抱きしめたり
引用元:https://jisin.jp/
と語っていますが、岡村さんは娘さんに「父親不在」を意識させないような、
かぎりなく深い愛情を注いでこられたのだと思えます。
そして母娘の絆は、岡村さんの白血病の闘病にあたって、さらに強くなっていきました。
つづけてお伝えします。
岡村孝子は娘が白血病闘病の支えに!
岡村孝子さんは2019年に白血病と診断されました。
白血病は血液のガン。医学が進歩しているとはいえ、まだまだ怖い病気で
岡村さんは白血病と聞いて「もう仕方ないかも」とも思ったといいます。
そのとき22歳で大学生だった娘さんは岡村さんと一緒に医師の説明を聞きましたが
娘さんもショックを受けたことは想像に難くありません。
でも娘さんは岡村さんの病気についてたくさん調べ、自分のために頑張ってほしいと岡村さんを支えました。
岡村さんが5か月に及んだ闘病生活中、辛くて治療をあきらめそうになったときも
復帰後のコンサートの話題を出して岡村さんを励ましたのも娘さん。
現実から逃げられなくても未来に希望を見いだせたとき、人はとても強くなれるのですね。
岡村さんが娘さんと過ごし支え合ってきた歳月が、強い絆となって白血病に立ち向かう力となったのでしょう。
岡村さんにとって娘さんはいつの間にか頼もしい存在になっていたようです。
退院できた後も、岡村さんは免疫力や筋力が低下していて普通の生活に戻るのに時間がかかりましたが、徐々に回復し現在は「寛解」状態に。
娘さんは岡村さんの体調を注意深く (ときに厳しく?) 見守っていらっしゃると思います。
岡村さんご自身も無理をすることなく今後の活動を続けていただきたいですね。
つづいて、岡村さんのwikiプロフィールをご紹介します。
岡村孝子のwikiプロフィールは?
岡村孝子さんのwikiはこちらです。
生年月日 1962年1月29日
出身地 愛知県
血液型 O型
学歴 椙山女学園大学中退
レーベル ヤマハミュージックコミュニケーションズ
あみんのメンバーとしても知られる岡村孝子さん。
あみんは、大学に在学中の1982年に、岡村さんと同級生だった加藤晴子さんで結成されました。
『待つわ』が大ピットしたことで一躍有名になったあみんでしたが、1983年に活動を休止します。
でも音楽の道をあきらめられなかった岡村さんは、大学を中退して1985年にソロとして音楽活動を続けることに。
そして1987年に名曲『夢をあきらめないで』がリリースされました。
この『夢をあきらめないで』は応援歌のイメージが強いのですが
岡村さんによると、なんと ”失恋ソング” だったとのこと!
失恋した相手の夢を後押しできる歌なんて、なかなか書けそうにありませんが
そんな大きなやさしさが岡村さんの楽曲作りの背景にあるのでしょう。
岡村さんの楽曲はほとんど (『はぐれそうな天使』以外) がご自身の作詞・作曲。
『オー・ド・シエル (天の水)』『ミストラル~季節風~』など岡村さんの数ある楽曲には
未来をポジティブにみつめる、そんな歌詞がちりばめられているのが魅力です。
結婚後、出産・子育てで7年ほど活動を休んでいた岡村さん。
2007年にはあみんの活動が再開され、岡村さんは闘病生活をへて現在も歌い続けています。
歌を聴く人の心にそっと寄り添い、やさしく背中を押す岡村さんの歌の世界がずっとずっと続いてほしいですね。
そんな岡村さんの歌声をこれからも楽しみにしたいと思います。
最後までおつきあいくださって、ありがとうございました。
