歌謡グループ「純烈」の弟分として2026年4月8日にデビューした「モナキ」。
デビュー前から話題になっていたこの「モナキ」はユニークな経歴をもつメンバーで構成されています。
今回はメンバーの1人・じんさんについて、本名が平牧仁さんだという話題や、
戦隊モノ出身だったこと、会社員だった経歴があることなどを深堀りしてお伝えします。
最後までおつきあいいただけるとうれしいです。
「モナキ」じんの本名は平牧仁!
「モナキ」じんの本名wikiは?
歌謡グループ「モナキ」のメンバーで、正統派イケメンともいえるじんさん。
じんさんの本名は平牧仁 (ひらまき じん) さんです。
平牧さんという方は全国でも150人ぐらいしかいらっしゃらないとのことですので
かなりめずらしい名字といえそう。
もし、じんさんがフルネームで活動されていてもインパクトがあったかもしれませんね。
じんさんのwikiはこちらになります。
本名 平牧仁
生年月日 1987年2月26日
出身地 東京都板橋区
身長 180 cm
血液型 AB型
メンバーカラーがオレンジのじんさんは、2026年時点で39歳。
モナキのメンバーの中では最年長というじんさんですが、年齢を気にせず敬語なしのつき合いを望んでいて
呼び捨てが難しいのであれば「じんくん」と言ってもらったり、あだ名をつけてもらったりしています!
引用元:https://mdpr.jp
と、モナキでのコミュニケーションもバッチリのようです。
「モナキ」じんは2003年に俳優デビュー!
「モナキ」じんさんは2003年、16歳のときにドラマ『あした天気になあれ。』で俳優として芸能活動をスタートしました。
そのあと、じんさんは2007年にボーカルユニット「sprout」のメンバーに。
しかし同じ年の8月に「sprout」は活動中止になります。
じんさんが注目を集めたのが、2011年のミュージカル『ミュージカル・テニスの王子様2ndシーズン』でした。
この作品でじんさんが演じた大石秀一郎のダブルスのペア役を小関裕太さんが演じていたというのも、なかなか興味深い話です。
『ミュージカル・テニスの王子様2nd』のあと、じんさんは『朗読劇 しっぽのなかまたち』などの舞台にも出演し、
2014年に戦隊モノに出演してさらに注目されることになります。
戦隊モノ出身の俳優さんは男女問わずカッコいい印象がありますが、やはりじんさんもその1人でしたね。
つづけて、じんさんが出演していた戦隊モノについてくわしくお伝えします。
「モナキ」じんは戦隊モノ出身!
「モナキ」じんさんは、2014年の戦隊モノドラマ『烈車戦隊トッキュウジャー』にレギュラー出演していました。
『烈車戦隊トッキュウジャー』は列車や鉄道がモチーフとなった作品で、
悪の組織「シャドーライン」と戦うトッキュウジャーの姿か描かれています。
じんさんがこの『烈車戦隊トッキュウジャー』で演じていたのはトカッチ (トッキュウ2号) 。
イケメンで、背が高くスタイル抜群のじんさんに戦隊モノのヒーローはピッタリ!
と思っていたら、じんさん演じるトカッチはなぜかドジなキャラクターで、
よくさらわれたり(!)、人質になっていたのだとか!
さらわれるのは困りますが、トカッチは愛されキャラだったのかもしれません。
ちなみにトカッチのカラーはブルーでしたが、レッド (ライト) として志尊淳さん、
グリーン (ヒカリ) として横浜流星さんも同じ作品に出演していました。
『烈車戦隊トッキュウジャー』には豪華な顔ぶれが登場していたことがわかりますね。
子供たちだけではなく、お母さんたちもワクワクしながら放送を待っていたにちがいありません。
しかし戦隊モノでカッコよく (時にドジに?) 演じながらも、じんさんは音楽をやりたいという思いをずっともち続けていました。
そんなじんさんは音楽活動をするため、のちに所属事務所を退所することになります。
その後のじんさんについて、つづけてお伝えします。
モナキのじんは会社員だった経歴も!
「モナキ」じんさんは音楽をやりたいという夢をかなえるべくアクションを起こします。
じんさんはその後、
・2015年 男性の2人組音楽ユニット「三ツ星サラバ」を結成
・2015年9月 オスカープロモーションを退所してフリーに
・2017年5月 「三ツ星サラバ」の活動を停止(相方の失踪による)
・2017年12月 男性2人組音楽ユニット「シキドロップ」を結成
・2018年12月 音楽事務所ニューワールドプロダクションズ (株式会社エヌ・ダブル・ピー) に所属
と、音楽活動を続けていました。
しかしコロナ禍で仕事が減ったのを機に、じんさんは2022年7月デザイン会社のプリンツ21に入社し会社員に。
じんさんがこの会社を選んだのには
クリエイティブ・エンタテインメントの領域で自身の経歴・経験が活かせる
引用元:https://www.baton-consulting.jp
との助言もあったからだといいますが、会社員の経験がなかったじんさんにとっては
大きなチャレンジだったと思えますね。
会社員になって最初はビジネスマナー、とくにメールのやり取りに苦労したというじんさんですが、
プリンツ21で企画や営業に携わり、大手の玩具メーカーのパッケージを担当したことも。
じんさんは未経験の分野にもかかわらず、かなりクリエイティブなお仕事をされていたようです。
しかし、仕事に慣れて余裕ができたころに、じんさんはもの足りなさを感じて
週末だけ活動するユニットで活動したり、楽曲提供をはじめるように。
ちょうどそのころ「モナキ」のオーディションがあり、じんさんにとって転機が訪れました。
つづけてお伝えします。
「モナキ」じんがデビューするまでは?
じんさんが耳にした「セカンドチャンスオーディション」は、純烈の酒井一圭さんがプロデュースしたものでした。
このオーディションは、純烈につづく新しいグループを、というコンセプトで2023年10年に行われ、
じんさんは俳優仲間からの応援もあって応募することに。
そして、じんさんは他の3人メンバー (ケンケンさん、サカイJr.さん、おヨネさん) とともに選ばれ
「モナキ」が結成されました。
じんさんは2023年12月末日に所属していたニューワールドプロダクションズを退所し、
2024年9月には2年2か月勤めた会社を退社して、本格的に「モナキ」の活動準備に入ります。
しかし、じんさんはお金がない時期だったので、準備期間中も福祉の現場でアルバイトをしていたとか。
再び芸能界で活動するなら音楽関係のバイトとかも考えられたでしょうが
じんさんが福祉のバイトを選んだあたり、まじめなお人柄がうかがえますね。
そのバイトを通して「人との向き合いかた」を学んだというじんさんは、
デビューの前に得難い経験をされたようです。
「モナキ」は2025年11月に行われた純烈のコンサートで正式にお披露目され、
2026年4月8日にデビューしました。
10代のころからずっと音楽をやりたかったものの、紆余曲折があったというじんさん。
これからは思い切り「モナキ」のじんさんとして音楽の道を究めていかれそうですね。
いろんな方に楽曲提供がしたいです。今の自分に余裕が出てきたら、自分でもプロデュースユニットを立ち上げたいという夢もあります。表舞台に立つ演者でありながら、作家としてもずっとやっていきたいです。
引用元:https://mdpr.jp
と語るじんさんは「モナキ」をとおして次の夢への構想も膨らんでいるようです。
これからの「モナキ」とじんさんのご活躍を楽しみに応援しましょう。
最後までおつきあいくださって、ありがとうございました。
「モナキ」サカイJr.さん、ケンケンさん、おヨネさんについては、こちらの記事でご紹介しています。
あわせてどうぞ。



